働いた分の給料が、支払われないまま会社が倒産した。
そんなとき、国が給料の一部を立て替えてくれる「未払賃金立替払制度」という仕組みがあります。
でも私は、20代のとき、この制度を知らないまま権利を手放しました。
あの頃の自分と同じ状況にいる人に、少しでも早く届いてほしくて、この記事を書いています。
あの日、大家さんが部屋にやってきた
会社が倒産して、数日後のことでした。
寮として住んでいたマンションのインターホンが鳴って、出てみると大家さんが立っていました。
正直、頭が真っ白になりました。
給料が2か月分入っていない。住んでいる部屋は会社が借りたもの。仕事も、住む場所も、明日どうなるか分からない。そこに家賃の請求です。
当時の私は20代。労働に関する法律なんて何ひとつ知りませんでした。周りにも詳しい人はいない。相談できる人も、いませんでした。
だから、こう思ってしまったんです。
「早くここから離れたい。全部忘れたい」
そうやって私は、本来もらえるはずだった約40万円を、自分から手放してしまいました。
20代、東京へ。工事現場で働いていた頃の話
私は地方の出身で、当時は東京に出稼ぎに来ていました。
雇用形態はアルバイト。工事関係の仕事です。
住まいは、会社が借りてくれていたマンションの一室。いわゆる寮ですね。地方から出てきた人間にとって、住む場所つきの仕事はありがたいものでした。
給料は月末締めの翌月末払い。手取りで20万円ほど。
決して余裕のある暮らしではなかったけれど、体を動かして働いて、月末に給料が入る。そういう当たり前の日々を送っていました。
その当たり前が、ある日いきなり止まりました。
ある日、会社が倒産した
会社が倒産しました。
私にとっては、まったく初めての経験です。
働いた分の給料は2か月分、未払いのまま。締め日と支払日の関係で、「働き終わっているのに、まだ支払われていない分」が積み上がっていたんです。
そして冒頭の、大家さんの訪問。
住む場所も失って、私は実家に戻りました。
忘れた頃に届いた、一通の手紙
しばらく経って、実家に一通の手紙が届きました。
差出人は「独立行政法人 労働者健康安全機構」。
正直に言うと、開いても何が書いてあるのかよく分かりませんでした。難しい言葉が並んでいて、自分に関係あることなのかどうかも判断できなかった。
今の時代なら、スマホで機関名を検索すればすぐに分かります。でも当時はネット検索も今ほど充実していませんでした。
「調べる」という選択肢が、そもそも頭に浮かばなかったんです。
そして何より、会社の倒産という出来事そのものが怖かった。思い出したくなかった。
だから私は、その手紙を放置しました。
あの手紙は、「あなたには未払賃金を立て替えてもらう権利がありますよ」というお知らせだったのに。
「知らなかった」だけで、私は権利を手放した
あとになって知ったことですが、私は完全に制度の対象者でした。
- アルバイトでも対象になる
- 勤続年数が短くても対象になる
- 未払いの給料の8割が、国から立て替えて支払われる
手取り20万円、2か月分の未払い。額面に直すと約50万円ですから、約40万円が受け取れる計算でした。
20代の私にとって、40万円は決して小さな金額じゃありません。実家に戻ってからの生活を、ずいぶん助けてくれたはずです。
さらに言えば、大家さんに請求された家賃も、本来なら私が払う必要のないものだった可能性が高いということも、あとになって知りました。
あのとき、少しでも知識があれば。
相談できる場所があると知っていれば。
今でもそう思います。
だからこの記事では、当時の私が知りたかったことを、できるだけ分かりやすくまとめます。
ある日突然やってくる不幸に、備えるための知識として、同じような状況にいる誰かに届けば嬉しいです。
未払賃金立替払制度とは?
まず、ひと言でいうとこうです。
「国が代わりに払う」と聞くと大げさに感じるかもしれませんが、ちゃんと法律で決められた仕組みです。「賃金の支払の確保等に関する法律」という法律にもとづいて、独立行政法人 労働者健康安全機構が行っています。
私のところに届いた、あの手紙の差出人ですね。
条件を満たしていれば受け取れる、法律で決められた権利です。請求のあとに機構の審査があり、そのあと口座に振り込まれます。会社にお願いする必要も、会社の許可も要りません。
制度の公式な説明は、労働者健康安全機構のページで確認できます。
あなたは対象? 3つのチェック
対象になるかどうかは、この3つで判断します。
チェック1:会社が1年以上、営業していた
労災保険が適用される事業で、1年以上事業活動を行っていた会社であることが条件です。
ここは会社側の条件です。あなたが何年働いたかは関係ありません(大事なので後でもう一度触れます)。
チェック2:会社が「倒産」した
倒産には2種類あります。
| 種類 | 中身 |
|---|---|
| 法律上の倒産 | 破産・特別清算・民事再生・会社更生。裁判所の手続きが始まった状態 |
| 事実上の倒産 | 会社が事業を止めて再開の見込みがなく、給料を払う能力もない状態を、労働基準監督署長が認定した場合(中小企業に限る) |
事実上の倒産は、見落としやすい大事なポイントです。
社長と連絡が取れない、会社に誰もいない、いわゆる「夜逃げ倒産」のような状況でも、労働基準監督署が認定してくれれば制度を使えます。
私が働いていたような小さな会社だと、事実上の倒産のケースも多いと思います。
チェック3:退職のタイミングが条件に合っている
破産手続開始の申立日(または労基署への認定申請日)の6か月前の日から2年の間に退職していることが条件です。
言い換えると、倒産の前後に辞めた人の多くが、この期間に入ります。倒産の少し前に見切りをつけて辞めた人も、倒産後に辞めた人も対象になります。
ここが落とし穴! よくある3つの誤解
私が当時つまずいた(というより、知りもしなかった)ポイントです。
誤解①「1年以上働いてないとダメでしょ?」→ 違います
さきほど出てきた「1年以上」は、会社が1年以上営業していたかという条件です。
あなたの勤続年数はまったく関係ありません。入社3か月でも、半年でも対象です。
逆に、できたばかりの会社(設立1年未満)が倒産した場合は、何年勤めていても対象外になります。条件がかかっているのは会社側、というのがポイントですね。
誤解②「アルバイトだから対象外でしょ?」→ 対象です
対象となるのは「賃金をもらって働いていた人」で、パート・アルバイトも含まれます。
正社員も契約社員もアルバイトも、扱いはまったく同じです。私自身、アルバイトでしたが対象者でした。
ただし、次の人は対象外です。
- 社長など、代表権を持つ役員
- 事業主と同居している親族だけで営んでいる事業で働いていた人
- 内職などの家内労働者
誤解③「手取りの8割がもらえる」→ 額面の8割です
額面か手取りかの誤解は、逆にうれしい方向の誤解です。
計算のベースになるのは、所得税・住民税・社会保険料を引く前の「額面」の金額です。
手取り20万円なら、額面は24〜25万円くらいですよね。その8割なので、手取り額に近い金額が戻ってくる目安になります。
「8割しかもらえないのか」と思って諦めるのは、もったいないです。
いくらもらえる? 実際に計算してみる
基本は「未払い額の8割」
立替払される金額は、未払賃金総額の80%です。ただし、退職した日の年齢によって上限が決められています。
| 退職日の年齢 | 未払賃金の限度額 | 実際にもらえる上限 |
|---|---|---|
| 45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
| 30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
| 30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
この上限は「1か月あたり」ではなく、未払いの合計額にかかるものです。
私のケースで計算してみると
万円 / 月
か月分
当時の私は20代、手取り20万円、2か月分の未払いでした。
- 額面:約25万円
- 未払賃金の総額:25万円 × 2か月 = 約50万円
- 30歳未満の限度額110万円 → 超えていないのでそのまま計算
- 立替払額:50万円 × 0.8 = 約40万円
20代の私にとって、40万円は大金でした。
対象になる給料・ならない給料
すべてのお金が対象になるわけではありません。
毎月決まって支払われる給料(基本給・残業代・通勤手当・家族手当など)と、退職金
ボーナス(賞与)、解雇予告手当、支払いが遅れたことへの利息、年末調整の還付金、お祝い金や慰労金、出張旅費などの実費精算分
社宅の使用料、会社からの借入金、会社で買った物の代金など、もともと給料から天引きされていたものは差し引かれます。また、未払いの合計が2万円未満だと対象外です。
期間にも決まりがあります。対象になるのは「退職日の6か月前から、請求する日の前日まで」に支払日が来ていた分です。
前半で書いたとおり、「月末締め・翌月末払い」は倒産のときに損をしやすい支払いサイクルです。自分の会社の締め日と支払日を、一度確認してみるといいと思います。
社宅・寮に住んでいた場合はどうなる?
私が一番怖かった部分です。社宅や寮の家賃の話は検索してもなかなか情報が出てこないので、詳しく書きます。
大家さんに直接請求されたら?
結論から言うと、原則として、あなたに支払い義務はありません。
理由はシンプルです。部屋を借りる契約を結んでいたのは、大家さんと会社だからです。あなたはそこに住まわせてもらっていただけで、契約の当事者ではありません。
会社が滞納した家賃は、あくまで会社の借金です。従業員が肩代わりする筋合いのものではありません。駐車場代も同じですね。
ただし、自分名義で部屋を借りていた場合や、連帯保証人のサインをしていた場合は話が変わります。契約書に自分の名前がないか、一度確認してください。
給料から「社宅使用料」が天引きされていた場合、法律上は「会社があなたに又貸ししていた(転貸)」と扱われることがあります。この場合、大家さんがあなたに直接請求できるケースがあります。
でもその場合でも、請求できるのは「あなたが会社に払うはずだった社宅使用料の額まで」です。会社が滞納した家賃の全額を負担する必要はありません。
あのとき、どうすればよかったのか
私が大家さんの訪問を受けたとき、正しい対応はこうでした。
- その場でお金を渡さない、支払いの約束もしない
- 「契約は会社と結んでいるはずなので、会社に請求してください」と伝える
- 引っ越し先や連絡先だけ伝えて、いったん持ち帰ってもらう
- 不安なら、法テラスや労働基準監督署に相談する
倒産直後は、大家さんも困っています。悪意があるとは限りません。でも、支払い義務がない人が払う必要はないんです。
部屋は出ないといけない?
会社が家賃を払えなくなった以上、そのまま住み続けることはできません。退去は必要になります。
ただ、過去の滞納分を背負う必要はないという点は、退去とは別の話です。退去と滞納分を分けて考えられていたら、私はもう少し落ち着いて動けたと思います。
いつまでに手続きすればいい?
請求の期限が、いちばんシビアなポイントです。
法律上の倒産なら、裁判所が破産手続開始などを決定した日の翌日から2年以内。事実上の倒産なら、労働基準監督署長が認定した日の翌日から2年以内。この期間を過ぎると、立替払を受けられなくなります。
私が権利を失ったのは、まさにこの期限です。手紙を放置しているうちに、2年が過ぎていました。
今まさに同じ状況にいる人へ。
まだ2年経っていないなら、間に合います。金額が分からなくても、制度の内容が分からなくてもかまいません。まず労働基準監督署に電話してみてください。
手続きの流れ
倒産の種類によって、手続きが変わります。
法律上の倒産(破産など)の場合
- 破産管財人(弁護士)に、未払い額を証明してもらう
- 証明書が届く
- 請求書に記入し、証明書と一緒に労働者健康安全機構へ送る
破産管財人の弁護士から案内が来ることが多いので、それに沿って進めればOKです。
事実上の倒産の場合
- 労働基準監督署に「倒産していること」の認定を申請する
- 認定通知書が届く
- 労働基準監督署に、未払い額の確認を申請する
- 確認通知書が届く
- 請求書に記入し、通知書と一緒に労働者健康安全機構へ送る
事実上の倒産は自分で動く必要がありますが、わからないところは労働基準監督署で聞きながら進められます。
「倒産の認定」は、退職した人のうち1人が申請すれば、ほかの退職者も使えます。全員で足並みをそろえて認定を申請する必要はありません。ただし、未払い額の確認と機構への請求は、1人ずつ行う必要があります。
現在は、パソコンやスマホからの電子請求もできます。電子請求の入口は、労働者健康安全機構の制度案内ページにまとめられています。
受け取ったお金の扱い
立替払で受け取ったお金は、税金の計算上「退職所得」として扱われます。
退職所得は税金の負担が軽くなる仕組み(退職所得控除)があるので、請求書に付いている申告書の欄をきちんと記入しておきましょう。
当時の私に教えたい、相談できる場所
「相談できる人がいない」と思い込んでいた当時の私へ。こんなにあります。
| 相談先 | どんなとき |
|---|---|
| 労働基準監督署 | まずはここ。未払い給料の相談窓口 |
| 未払賃金立替払相談コーナー 044-431-8663(平日9:15〜17:00) |
制度そのものを直接聞きたいとき |
| 総合労働相談コーナー | 労働問題全般。無料・予約不要 |
| 法テラス | 法律相談。収入によっては無料 |
| 合同労組・ユニオン | 個人でも入れる労働組合 |
| 自立相談支援機関 | 住まいや生活費に困ったとき |
窓口に行くのが怖いなら、まずは電話でいいんです。あのとき、それを知っていたら。
よくある質問
当時の私が「聞ける人がいたら聞きたかった」ことをまとめます。質問をタップすると答えが開きます。
社長と連絡が取れません。会社が倒産したのかも分かりません。
それでも対象になる可能性があります。
裁判所の破産手続きが始まっていなくても、「事業が止まっていて、再開の見込みがなく、給料を払う力もない」と労働基準監督署長が認めれば、事実上の倒産として制度を使えます。
この認定は、働いていた側から申請できます。会社が動くのを待つ必要はありません。まずは会社の所在地を管轄する労働基準監督署に相談してください。
給与明細も雇用契約書も残っていません。証明できないのでは?
諦めるのはまだ早いです。
事実上の倒産の場合、未払い額は労働基準監督署が調べて確認してくれます。そのときの材料は、給与明細だけではありません。
- 給料が振り込まれていた通帳の記録
- タイムカードやシフト表の写真
- 会社や上司とのメール・LINEのやりとり
- 作業日報、現場の記録
- 同僚の証言
手元に何もなくても大丈夫です。「証拠がないから無理」と自分で判断せず、まず相談してみてください。
未払いの残業代も対象になりますか?
対象になります。
立替払の対象は「毎月決まって支払われる給料」なので、基本給だけでなく時間外手当(残業代)や通勤手当、家族手当なども含まれます。
ただし、ボーナスと解雇予告手当は対象外です。
残りの2割はもう戻ってこないのですか?
権利そのものは消えません。
立て替えてもらえるのは8割までですが、残りの2割を会社に請求する権利は残ったままです。破産手続きのなかで配当を受けられる可能性もあります。
ただ正直に言うと、倒産した会社には財産がほとんど残っていないことが多く、実際に回収できるケースは多くありません。まずは確実に受け取れる8割を取りにいく、と考えるのが現実的です。
手続きにお金はかかりますか?
かかりません。
労働基準監督署への相談も、認定や確認の申請も、機構への請求も、すべて無料です。弁護士に依頼しないと使えない制度でもありません。
「お金がないから相談できない」ということは、この制度に関してはありません。
倒産する前に、自分から辞めていました。対象外ですか?
時期によっては対象になります。
対象となるのは、破産手続開始の申立日(または労基署への認定申請日)の6か月前の日から2年の間に退職した人です。
「給料が遅れ始めたから見切りをつけて辞めた」というケースは、この範囲に入ることが多いです。自己都合退職かどうかも関係ありません。
失業手当(雇用保険)と両方もらえますか?
両方受け取れます。まったく別の制度です。
しかも、会社の倒産による離職は「特定受給資格者」という扱いになり、自己都合退職より有利になります。
- 自己都合退職のときにある給付制限(原則1か月)がなく、早く受け取り始められる
- もらえる日数が長くなる場合がある
手続きはハローワークです。立替払の相談とあわせて動くといいと思います。
外国籍でも対象になりますか?
対象になります。国籍は関係ありません。
賃金をもらって働いていた人であれば、技能実習生や特定技能の方も含めて同じように扱われます。
労働者健康安全機構のサイトでは、外国語のパンフレットも用意されています。日本語での説明が不安な場合は、パンフレットもあわせて確認してみてください。
請求してから、どれくらいで振り込まれますか?
請求書を提出したあと、機構が審査して、支払いが決まると本人名義の口座に振り込まれます。
かかる時間はケースによって変わるので、急ぎの事情がある場合は請求時に機構へ直接確認してみてください。
振り込まれるお金は「退職所得」として扱われます。くわしくは「受け取ったお金の扱い」を読んで、申告書の欄を書き忘れないようにしましょう。
もう2年以上経ってしまいました。方法はありませんか?
残念ながら、立替払制度は使えません。私と同じです。
ただ、会社に対する給料の請求権そのものは、また別の話です。給料を請求できる期間(時効)は、法律では5年です。ただし当分の間は3年とされていて、会社に資産が残っていれば請求できる可能性もあります。
可能性が高いとは言えませんが、金額が大きい場合は一度、法テラスなどで相談してみる価値はあります。
まとめ:ある日突然の不幸に、知識という備えを
最後に、この記事で一番伝えたいことをまとめます。
- 会社が倒産して給料が未払いなら、国が8割を立て替えてくれる
- アルバイトでも対象。勤続年数は関係ない
- 「1年以上」は会社の営業年数の条件
- 社宅の家賃を肩代わりする義務は、原則ない
- 期限は2年。過ぎたら受け取れない
- 迷ったら、労働基準監督署に電話する
私は知らなかったせいで、約40万円を手放しました。
でも、あのとき手放したのはお金だけじゃなかったと思っています。「困ったら誰かに相談していい」という感覚そのものを、20代の私は持っていませんでした。
会社の倒産は、ある日突然やってきます。防ぐことはできません。
でも、知識があれば対処はできます。
この記事が、あの日の私と同じ場所に立っている誰かに届きますように。

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